発達障害の姉ポジティブ化計画1 姉と私

姉の話
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私と姉と

私の姉は、発達障害で、二次障害で鬱をもう17才の時からだから20年以上病院がよいをしている。私と姉は6歳違う。真ん中に3歳の姉がいるので、3才ずつ別離れている三姉妹だ。

姉は変人だった。

まだ発達障害というものが知られていなかった時代。学校の友達はできない。クラスで浮いているし、本を読み出したら全くなにも聞こえない。

そして生まれつき片耳が聞こえない。

母に聞けば大変だったことが山ほど出てくる。二番目の姉に聞けば、同じ学校で嫌だったことが山ほど出てくる。

しかし、私は6歳違い。姉と同じ学校に通うことはなく、私が入るときには姉の事を知っている先生もほとんどいない。

真ん中の姉が優秀で生徒会長をやっていたり(姉への反発だったのかもしれないが)して、私の中で姉=すげーだったお陰で、一番上の姉も大好きだった。

大体6歳上だ。

どんなに不器用でも、自分にできないことはできるし、ちょっと大人なものを知っているし、回りの人が姉を「変な子」扱いしたところで、子供の私には到底理解できないわけだ。

そんなわけで私は姉が好きだ。

まだ字が読めるか読めないかの小さな頃に「はなとゆめ」の「なんてすてきにじゃぱねすく」や「ぼくの地球を守って」なんかも教えてくれたのは、姉で、読めないながら姉たちが話しているのを聞くのが好きだった。

物心ついて

犬を飼ったのが小5の時だっただろうか。

私が小5だから、姉は16くらい。高校は遠くの学校にいっていて通学に2時間、理由は地元の人と会いたくないからという理由だった。

なにかがきっかけで不登校になった。きっかけなんかは私にはなしてくれる訳じゃない。

私としてはよくわかんねーな。くらいの気持ちで見ていたが、母には重くのし掛かっていたようで、母親の髪の毛が丸く10円ハゲができた。

「おねーちゃん頭おかしいのか?」

近所の白い犬を飼ってるおじさんが私が犬を散歩させていると話しかけてきた。

頭はおかしくないと思う。と思ったが「・・・なんで?」と聞き返す以外できなかった。

「前、散歩してるとき独り言いってたからさ。」

「へー」

否定できずに、私は離れた。

あとですごくなんとなく、ムカついた。

何にムカついたかよくわからないけど、そのおっちゃんの事嫌いに思うことにした。

私の転校

中学2年の始めに家を建て始めた。父の実家のとなりに。隣の市だし、学校が変わるのはよくないとかで、本当は中学卒業してから引っ越すつもりだった。

でもそうもいかなかった。

私が学校を不登校になったのだ。

クラスがあわなかった。先生が合わなかった。それだけ。

たぶんいじめられたとかそういう理由は・・ない。ある振りをしたのかもしれない。

中学2年生だ。しょうがないじゃないか。

不満もあるよ!二番目の姉は優秀、優秀で、同じ塾に通っている私は下の下。

勉強しなかったのは反抗だったし。

長女は、高校卒業してそのあと着物の専門学校いったけどダメでやめて、仕事してたけど車ぶつけたり色々してて、あんまり家の中空気よくなかったし。

で急遽引っ越すことになって、転校することになって怒濤だった。

まぁなんだよく覚えてないんだよな。その頃姉がどうしてたとか、社会人とか自分の知らない世界の住人だったし、自分の事で必死だったし。

その頃買ってきたゲームで「遥かなる時のなかで」っていうゲームがあって、平安時代にタイムスリップして恋愛する恋愛ゲームなんだけど

姉妹三人ではまってやっていた。

二番目の姉はクールな陰陽師が好きで

末っ子の私は、たしか最年長の大人っぽい人が好きで

姉は、自信の無さそうなおとなしい子が好きだった。

車をしょっちゅうぶつけたり、失敗ばっかりしてるんだからしっかりした人が好みの方が絶対安心なのに、なんでこういう自信無さそうなの選ぶんだろう・・・って思ったのを覚えてる。

案の定連れてきた男性は・・・・・

私が高校2年生の時、姉が彼氏を連れてきた。

母と父は姉は結婚できないと思っていたらしく、喜んでいたがさっぱりその辺理解できてない私は、もっと良い甲斐性のある男の方がいいと思った。

だって、アルバイターだし、でかいしデブいし、イケメンじゃないし

自信無さそうだし

・・・・・まぁ目線の問題なんだろう。結果悪い人とじゃないし、性格似てるし居心地良いのだろうけど。高二で姉の悪いところをいまいち理解できてなかった私には、もっといい人いるよーとしか思えなかった。

お金のない二人は市営住宅に住むことになった。

・・・・・・・ぐっちゃぐちゃだった。

家の中ぐっちゃぐちゃ!

長女として父や母の目を気にしまくっていた実家での姉はそんなに部屋が汚いイメージがなかったのだが、結婚して目が離れたとたんにぐちゃぐちゃでも大丈夫な人となった。

ショックだったか?

うん、結構ショックだった。

姉が結婚して出ていった実家の部屋を乗っ取った。

もう帰ってこないように、

離婚しないように、

帰る場所がないように・・・

母親に十円ハゲを作るのは、いつも姉だった。

私の両親はいい人だ。

少なくとも私の目線では・・・

末っ子なので子育て上手だったからかもしれないが・・・

その両親にたいしていつも姉は「理不尽だった」とか「もっとこうしてくれればよかった」と文句をいう。いや、文句じゃないのかもしれない。思ったこといってしまうだけかもしれないが

ボロボロないてしまった母の原因はいつも姉だ。

父は学校の先生だ。不器用ながら頑張って生きている。

それを安易に攻める

まるで精神障害の原因は両親だとでも言いたいように攻めるから、姉が嫌いだ。

だからもう私の家には戻ってこないで欲しい。そんな思いがこの行動にはあったと思う。

家族4人の生活

姉が出ていって5人だった家族が4人になった。

私と二番目の姉はすこぶる仲が良いので穏やかで、波風のない生活が始まった。

19歳の時 鬱になった。

私が。

女子高から専門学校になったり、彼氏ができて別れたり、まぁ色々あったのだ。

理由は色々あったが、姉がいなくなって、母親に心配をかけたくなった。今はそれが一番の理由じゃないかと思っている。専門学校の二年間、上の姉は大学で忙しいし、やっと自分に訪れた母親との蜜月時代だったのだと思う。

まぁ、鬱も半年ほどでなんとなく治った。一人立ちできないほど弱くもなかった。そんな頃、姉と旦那さんはアルバイト生活をやめてコンビニ経営を始めた。

ん・・・・ここに関してはどう書こうか悩むな・・・・

時々見に行った、コンビニの控え室も家の中もぐちゃぐちゃだった。

接客業なんてやりたくない姉は余計に精神を壊して、体重も20キロ台、髪もめんどくさいと自分で切ってベリーショートにして、時間がないと言って肘をついてどんぶり飯をかきこむような生活をしていた。

当時はやったリタリンという精神薬のせいだったらしい。見てられなかったから、その頃の姉をあんまり覚えていない。

専門学校を出てから私も仕事で忙しかったし、見ないようにしていた。

姉が地元に帰ってきた

色々あったらしい。今さら聞いても仕方ないので。

自殺未遂をしたこと。

入院したこと

コンビニを借金してたたんで帰ってくること

その借金はうちの親が出したこと。

聞いているのはそんな感じ。それでも、親が見ることのできる場所に帰ってきただけで親は安心なようだった。

地元に帰ってきた。

私たちが家を建てる前に住んでいた家が残っていたので、そこに家賃なしみたいな感じで住み始めた。

この頃私は姉がとても嫌いだった。

またあの家に戻れば近所の感じ悪いおじさんの目にも触れるだろうし、そもそも「地元の人と会いたくない」から二時間もかかる高校に行っていたんじゃないのか?

今でもそこに住んでいるが、家の話だけはまだ私の心をざわつかせる

「ここが私の大切な場所だから、故郷ってここだから」と言うが、じゃあなんで逃げ出したんだ?なんでごちゃごちゃにして平気なんだ?

・・・・・・書いてて思ったけど、そこにすんでる昔から知ってる人達から姉を守りたいだけなんだろうな。

姉に子供ができた。

姉に子供ができた。家族の中で一番最初に知ったのは私だ。

まだ姉の旦那さんは就職が決まっていなくって「まだ、みんなに行ったら下ろせって言われちゃうから黙っててね」と言われた。

・・・・・下ろせなんていう身内いるか?と今でも不思議だが、姉はそう危惧していたので、5ヶ月目まで病院にいかなかった。

旦那さんもちょうどくらいで仕事が決まった。

帰ってきてよかったなと思った。

3月11日

私は地元で働くようになっていて、仕事中に地震は起きた。

埼玉は大したことはなくて、自分の実家は結構良い家が建っているので心配なかったので、古い家である姉がすんでいる家に立ち寄った。

まだ姪は保育園に行ってなくて、家にいた・・・んだったっけなぁ

姪は今小学三年生だ。今年、発達障害を診断された。

家の中はぐちゃぐちゃだったけど、それは地震のせいではなかったようだった。(笑)

自分の結婚

社会人サークルで知り合った人と結婚した。9才上の頼れるお兄さんみたいな人だ。

お兄ちゃんが欲しかったんだなぁってなんとなく思っていたので納得した。

ついでに婿養子にはいってもらった。三姉妹しかいないし、やっぱり姉の退路を塞ぎたかったのだと思う。

結婚式で私の旦那に、姉の旦那が「結婚は最悪だよ」って言ったのは、わたし忘れてないですから。

ほんと最悪にしたの誰だよ。ってちょっと思ってるけど・・・今も別れずに生きてくれているので良いですよ。幸せにしてあげてください。ぜったいにな?

自分にも子供ができた

子供ができた、実家のとなりに家を建てた。

子供がお腹にできてはじめて思ったことは、男の子でありますように・・・だった。

女の子だった場合、姉が嫉妬するのではないかとか「内孫の女の子だから」とか変に気を使った嫌な言葉を言われることが気持ち悪いと思ったからだ。

女の子だったらいっただろうか・・・言っただろうなぁ・・・・・姉は気を使ったつもりでも、そういう言葉に傷つけられながら生きてきたからなぁ

ありがたいことに男の子だったので!気にせず★はじめての男の子に右往左往しながら育てています!

(*^ー゚)b グッジョブ!!わたしの子宮!!!

交通事故にあった

子供が二歳の時に交通事故に逢い、鎖骨に治らない怪我をした。

ただ骨だけだから、肩凝りとか神経痛だけで、過ごしているけれど体に疾患があるということがどんなに辛いことか知った。

姉は片耳が聞こえない。

それだけでどれだけのハンディーか考えるようになった。

といってもわたしはハンディーを手にした瞬間から覚悟を決めて起業や自分のできることを探して動きまくっているのだから、姉に関して誉められた話ではない。

彼女は引きこもり続けているし、着物が縫えるのに「安売りしたくない」とかいってやりもしなければ0円にしかならない。

姉を動かすことが出来たとき、きっとわたしの見ている世界が薔薇色になる。

でも・・・・まぁ・・・・・姉とわたしは対等だ。無理に急かしたり、私が命令して動かしたらきっとだめ。

私が全力で入っていればきっと、姉も走り出す。

GP協会は、発達障害や精神障害、身体障害グレーゾーンをポジティブにしたい!

誰のために?姉のために!母のために!父のために!自分のためにさ!!!

まだ続くんだけど今日はちょっとここいらへんでよかろうかい・・・?

 

 

 

 

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