LGBTを乗り越えた私の話

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LGBTを乗り越えた私の話

前置きとして、私は今LGBTに悩んでいません。悩んでない私がLGBTについて語ることがいいのか悪いのかわからないですが、それでも書いてみようと思って書きます。

私は、LGBTといわれる枠の人間でした。特に小学校中学校高校の思春期の頃、ちょうど金八先生やドラマなのでLGBTをテーマにした作品が多く、理解が深まっていた時期でした。

男の子になりたかった私

男の子になりたかったというよりは、父親になりたかった。私の家庭が母子家庭なんてこともなく、父親とも母親とも仲はいいですし、父親がやたらかっこいいとかそういうこともありません(笑)でもなんでか父親になりたかった。

姉が二人だったので、男の子が欲しかったって言われたってことは、真相心理の中であったかもしれません。

小学生の頃からショートカットで、男の子みたいなカッコをしていました。胸が大きくなるのが嫌でさらしを巻いていました。ブラジャーを買うことが気持ち悪かったりしました。

男性のように振る舞うこと、自分にとって居心地がいいと今でも思っています。ただ、別に友達が男が多いってこともなかったと思います。正直本当に仲の良い子は男女ともにいませんでした。

好きだった子

好きだった子の性別は女の子だったと思います。オタクだったので、三次元を性の対象に自慰をしたことがなかったってのもあります。だから、同姓が好きだったかもな・・・って思うのみで付き合ったことはありません。

性の立ち位置は太刀側なので、三次元で考えていたらここで始めて壁を感じていたかもしれないモノをうまくすり抜けて生きてこれました。今でも、セックスにおいて受け側にたつことは萌えないです。

高校は女子校に行きました。

なぜ女子校を選んだかというと、中学三年生くらいの男子とは本当に相性が悪いと思ったからです。私が男っぽい言動していることを許せないのは男子に多かったからです。

女の子の方が理解を示してくれるし、そう扱ってくれる。女子校は私にとっては居心地のいい場所でした。

専門学校で始めて自分の性を実感した。

女子校の優雅な生活を終えて、専門学校に入り、男子もいる環境になると、私も女性として生きなくてはならなくなり、服やら化粧やら言動やらを気を付けなくてはならなくなりました。

19才から今の配偶者に出会うまでが私の人生で一番辛いときでした。男になりたいと思う一方で、もう体は女性だし、男性として生きるという選択も考えましたがやりませんでした。お金がなかったのもあります。女性である得さというのも社会で感じました。レディースデイとか、おっさんは基本的に女の子に優しいとか。

フリーランスで働いていたとき

カメラマンとしてフリーランスで働いていました。正直、芸術業界に性的な自由はありませんでした。逆に、「職業おねぇ」みたいな、働くために言動を偽る人が多かった。カメラマンという仕事柄かもしれませんが。

カメラマンという仕事をやめたのは、小学生の女の子の写真を撮ったからです。白いスクール水着みたいな写真、しかし、クライアントの依頼はどう考えてもエロ写真。仕方ないですが撮りました。もう撮りたくないと思いました。

実家に帰りアルバイト生活

実家に帰って、大切な家族のために生きようと思ったのが私の分岐点でした。自分の求めるカッコ良い男みたいな自分を捨てて、家族と笑っている自分を取ったというのが正しいかもしれません。

得に恋愛することもなく、アルバイト生活をしているなかで、なにかしないと思い、演劇のサークルに入り、楽しく、このまま一生独り身で生きてもいいなと思っていたときに現れたのが旦那さんです。

話や趣向が似ているから私を好きになってくれたこともあり、内面的な男らしさみたいなのには、寛容でいてくれます。一方、年上なので、私の事をかわいい女性としてしか見ません。女として扱ってくれることは、昔はとても苦痛でしたが、今は旦那さんのとなりにいることが女らしさより、男らしさより私のアイデンティティーとなっています。

旦那と息子と

結婚して子供が生まれました。母乳を飲ませるという行為は苦痛ではありましたが、息子はかわいい。生んでよかったと思っています。

私はただの主婦です。旦那さんは男の人だし、化粧もします。ブラジャーもつけます。そんなことをこだわることに私の本質はないから全然平気になりました。

ただ派手なブラジャーとかは、何となく付けないですが。

肉体と精神と

もし今、自分が女か男か悩んでる人がいたら、つらいかもしれません。自分の心が男であったり、あるいは女であって、肉体とは別のところにあると苦しんでいるかもしれません。

しかし、そんなことは実は些細なことです。

私が、心が男性であってそれに固執をして、カメラマンをやめて好きな演劇を始めなかったら、出会いはなく女性との恋愛をして子供をなすことはなかったかもしれません。

自分の心に嘘をつけというのではありません。

自分の心が一番大事なものは、たかだか体の一部の特徴ではなくて、趣味や楽しいことであって、悩みではないということを伝えたい。